学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

陶磁器の魅力

今回は全く学問とは関係のない話である。私は陶磁器が本当に好きである。見るのも、造るのも、買うのもである。形の整った磁器も捨てがたいが、何よりも好きなのは自然が生み出す陶器の自然な釉薬の変化である。なので、前回のNHKの連続ドラマ「スカーレット」はしっかりとみた。苦労の末に創り出した自然釉の器の美しさったらない。なのに、伊藤健太郎くんは人身事故ひき逃げなんてことをやってしまい、そのドラマそのものが台無しである。

昔中学の頃、田端にあった陶芸教室に通っていたことがある。その時はすごく上手な人たちが周りでろくろや型で整形した綺麗な器を作っている傍で手捻りか縄作りで器を作っていた。あまりにも周りがプロの集団だったので、逃げ出すようにやめてしまった。一つだけ黒楽の物真似みたいなぐい飲み(中学生だからそれで酒を飲むわけではないのだが)をつくれたのを、皆が感心していた?のをうっすらと覚えている。そのぐい飲みは今はどこに行ったやら。次はRochesterでインターンで形成外科を回っている時。手術は毎日2-3件あったが、いつも午後2時には終わりその後仕事もないので、妻が通っていたRochester community collegeの陶芸教室に3ヶ月だけ入学することにした。そこでは蹴轆轤と言って足で厚くて大きな木の円盤を回して回転力をつけてそれで器を形成する道具を使って、学費(とても安かった)だけ払えば粘土代や釉薬代がただだったものだから非常にたくさんのものを作った。今でもうちの玄関に置いてある傘立てような高さ80cmくらいの壺も作ったし、庭の鶏の置物もそのときに作った。その時の先生はJohnston先生と言って島岡達三さんという益子焼の人間国宝のお弟子さんで、ミネソタでは有名な陶芸家Worren MacKenzieさん(こちらはバーナードリーチの弟子で、作風はほぼ益子風である)にも師事していた。蹶轆轤は体力を使うので、そのころは少し痩せることができたが、米国だったので、食べる肉の量や飲むビールの量が半端ないので、すぐに取り戻したが。。その後陶芸とはさっぱりであったが、数年前に岡山の杉生先生がやった血管内治療学会で陶芸やりたい人?っていうのに真っ先に手をあげて、今の師匠である伊勢崎紳さんに出会うことができた。あんまり中心あわせが上手くなかったのだが、色々手ほどきを受けて今はなんとか中心合わせをして、がっしりした備前の土を電動轆轤で回してそこそこの器を作ることができるようになっている。残念ながら年に1-2回しか行けていないのだが。先日岡山の学会のついでにその先生のところに寄ったら窯出しをしているというので、見せてもらいに伺った。息子さんにいろいろ説明してもらって登窯で焼いてもなかなか窯変はできるものではなく、各部屋の手前側の窪んだところだけしか上手く灰をかぶって変化ができないそうである。ただそこはいろいろなものがぶつかったりするので破損する可能性も高く本当に良い窯変は偶然の希少な産物だそうである。今回そんな中、ぽかっと脇に置いてあった風情のある徳利を見つけて譲ってもらうことにした。

手に持つと灰が尖っていて痛いので、慣らして送ってくれることになっている。写真添付するがその反対側がすごいことになっていて、炭っぽい塊や青白いガラスの様な模様がついている。あれでお酒をいっぱいやるのが楽しみである。

さて当日その後であるが、私の焼き物兄弟弟子でもあり、伊勢崎さんの釣りの師匠でもある東北のM先生とも一緒に食事をすることになったのだが、、、これがまた私を上回る趣味人で、お茶を始めたら凝りに凝って、武者小路千家の千宗屋さんとも親しくなったくらいである。彼が会長で主催した血管内治療学会では千さんの主席する茶席を設けてくれ、私も端っこに加えてもらえた。ちなみに私のいただいたお茶の器は尾形乾山(尾形光琳の弟)の作であった。重文ものである。さらに伊勢崎さんもM先生もお茶系の道具を様々揃え、本当に良いものを見る目というのを養っている。私も骨董の安物をヤフオクで購入したりしていたのだが、きつく・きつく あんなのは偽物、または本物でも半端もので価値がないからやめておきなさいと言われてしまいました(FBに載せていたのを見咎められたらしい)。骨董を買うなら、戸田鍾之助(今はその息子さんがやっている)さんという人がやっていた日本橋あたりにある戸田商店で購入すべきとのことで、M先生もそこに先ほどの千宗屋さんと伺ったら、1500万円の李朝のぐい飲みをおすすめされたそうである。その店は江戸時代からやっていて、そこで購入したものは7-8掛けで買い戻すというしきたりが100年以上続いていて、もし値が上がれば儲かるという仕組みらしい。小銭を使うよりこういうところで買わないとダメなのだ、、、という話でしたが、桁が違っておりました。ちなみにその時にそのぐい飲みと一緒に出してきた徳利は、値段がつかないものだそうです(>億)。それでその戸田さんの書いた本を勧められれたのでアマゾンで早速中古(しかないので)を購入したのだが、まあ今のNHKの大河ドラマの明智光秀に出てくるような茶器が目白押しに、紹介されている。ご存知と思うがあの時代、茶器の名器は国一つの価値があったそうだから大変なものである。そのドラマに出ている松永久秀が最後は、信長に平蜘蛛という茶釜を所望され渡すのが嫌だったので、茶釜と一緒に城で爆死したというのは、どこまで本当かわからないが、その頃の人の茶器に対する思いがよくわかる。時代が少し立ってのち、松江の松平不昧公がそのような名器を江戸時代に収集するわけだが、その時に売り買いしていたのがその時代の戸田さんの店だそうである。本阿弥光悦の作陶による赤楽の乙御前などというのがその本に紹介されているが、口割れの表現(山切れ というらしい)とか、高台の形とか、そこの垂れる釉薬の模様(かいらぎ というらしく大井戸茶碗の見せ場)とか、歴史が作ってきた日本人の感性がそこに集約している様に思われる。

ただこのような陶磁器の歴史の中でも、日本古来の越前、常滑、瀬戸、丹羽、備前、信楽などの六古窯と言われるものと、有田、唐津、薩摩など九州に散在する有名な焼き物の里は少し違ったルーツがあり、後者は秀吉の朝鮮出兵の時に日本に連れてこられてしまった朝鮮の陶工たちが作り上げたものであり、その後朝鮮半島には焼き物の文化が衰えてしまったという歴史もある。今はまた素晴らしい陶芸がされているが。日本人の感性と言っても実際には、韓国などの影響を強く受けているのかもしれない。

ということで、物を見る眼というのは、本物を見て、感じることでしか生まれないということがよくわかる。

この様に陶磁器には歴史に彩られた奥深さもあるし、また現代のものでも、偶然が作り出す模様があり、作ってみると尚更その難しさがよくわかる。作ること、集めること、見て楽しむこと、食べるものとの取り合わせとか、なかなか楽しい世界なのです。世界のいろいろな陶磁器を見て回るのも、日本がどのように影響を受けてきたのかがよくわかります。

と自分の趣味を語っただけの回でした。すみません。

皆さんも趣味もって楽しんでください。

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