学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

出会いを逃すな!

土曜日朝NHKラジオ第一でサタデーエッセイという番組があり週替わりで色々な人が話をしてくれる。人の考え方には様々あってとても参考になる。先日アコーデオン弾きのCoba(小林靖宏)さんの当番だった。今は彼は世界コンクールなどで優勝し、アコーデオンの世界では世界有数の奏者になっているが、若いころから憧れていたタンゴの奏者のアストル ピアソラとの出会いとその後について話をしてくれた。彼と最初に出会った時、色々な話をさせてもらい、まだメジャーデビュー前だったのでインディースで出版したCDを渡したいと言ったそうである。もう眠いので寝るから、ホテルのフロントに預けてくと言われて別れたのに、どうしても自分で渡したくて夜中に彼の部屋に行ってノックして、直接渡したそうである。眠そうな目でブスッとした顔で受け取ってくれたそうである。その後Cobaさんは世界大会で優勝したり、メジャーデビューして、日本でのコンサートに呼ばれた際に、ピアソラさんも呼ばれていて、Cobaさんの前日の出演予定であったそうである。翌日でも会えると思い出演日に会場に行ったら、彼は帰国してしまい会えずじまい。その後ピアソラさんは亡くなってしまい、CDを渡して以来結局一度も会うことができなかったそうである。なぜ会場に行くの翌日にしてしまったのか?なぜせっかく会える機会を逸してしまったのか?ものすごく悔やんだそうである。

その後テレビの番組で、亡くなった彼の自宅を訪れる機会をもらい、訪れて自分のCDがどうなったか聞いたそうである。奥様は何万枚もCDやレコードがあったので、彼が気に入った100枚位を選択していたそうである。念のためにその中を探したら3枚目くらいにCobaさんのCDがあったそうである。

このエピソードから、彼の話は、出会いはとても大切であり、嫌われても自己の希望を通して直接CDを渡せたことに満足していた。そして一方で、後日の再会のチャンスを逃した自分については、決してチャンスを逃さないこと。逃すと二度と会えないこともあること。を悔やみ、ちょっとの油断、気持ちのかけ違いが人との出会いの運命を左右すること、一期一会を身を以て悟ったそうである。

私にとっての尊敬する人たちとの出会いはこれまで色々な紹介をしたと思う。Mayoの最初のChairmanであったSundt先生であったり、福島先生であったり、Yasargil先生であったり、その他今の自分に強烈な影響を与えてくれた先生方がたくさんいらっしゃる。福島先生を除けば、おいそれと会うことはできないし、Sundt先生はもう会うことはできない。Sundt先生との出会いは1989年4月Mayoに到着した際、部屋に呼ばれて、南部なまりの英語が全くわからず、「ど緊張」の時間。5分足らずだったと思うが、これは多分私の今までの人生の中で最も緊張した時間だと思う。今でもその時の首筋のゾワゾワする感じを覚えている。そして1992年の1−3月。たまたま同僚だったチーフレジデント仲間のKevin McGrail(その後Georgetown大学脳外科の主任)が当時GeorgetownのChairmanであったMartuza教授に呼ばれて突然ワシントンに戻ることになり、あいたスポットの3ヶ月間、幸運にもSundt先生の1st Assistantをすることができた。2年前緊張で一言も喋れず、言ってくださっていることをほとんど理解もできなかった先生との密な3ヶ月である。外来、手術、全て共にする。Sundt先生は多発性骨髄腫に1985年に罹患し、痛みでしばらく休まれることも多かったが、この3ヶ月間は調子も良く多くの手術を共にさせていただくことができた。動脈瘤、CEA, Saphenous vein bypassでの治療など。30−40件の手術をご一緒できた。自分にとってあの3ヶ月は人生最高に楽しい、そして幸運な3ヶ月であったと思う。手術のたびに聞こえるSundt先生の息遣い。小声で話される手術のコツ。そして外来に通うバス(Mayoでは手術・入院するSt. Mary病院と外来のあるMayo Clinic Buildingとは約1Km離れており、冬のマイナス30度の世界では30秒以上外を歩くことができない)の中での、これまでの症例の話。10代の若い女の子の大型脳動脈瘤の手術で、手術後うまくゆかず失ってしまったこと。そのことをきっかけにして命を短くしてしまう病気になってしまったこと。一人の患者の失敗は、自分の人生をかけて償う気持ちと姿勢。

そんなことを感じ学ぶ、とても寒いミネソタの冬であった。その半年後にSundt先生は居間でくつろいでいてちょっと痛む首を抑えた時に息たえて無くなった。

Laws先生が弔辞を述べ、“Go on” “Go on”という声がSt Mary病院のチャペルに響いていたのを覚えている。

いつか必ずWest pointにあるSundt先生の墓地を訪ねてみたいと思っている。

人との出会い・関係の構築には偶然のきっかけと、そして自分のエゴや気持ちや活力・行動力で修飾を加えたものが複雑に絡みあっている。

逃すことなく、その時・そのチャンスを見極めて、人と出会って、知り合ってゆくことが大事と思う。

その時は気づかなくても、後でその時の重要さに気づくこともあるだろう。Cobaさんのように一生涯そのチャンスを逃してしまうこともあるだろうし、頑張れば修復の効くものもあるかもしれない。

今のコロナ騒ぎの最中では、なかなか人との距離を縮めるのは難しいかもしれないが、この霧が晴れたら、ぜひ出来る限り多くの人と積極的に出会って、多くの話をし、多くの人たちから生きる力と知恵と信念を得る努力をすることが大切なのだと思う。人は多分、生まれた時から聖人君子や深い洞察力を持つわけではなく、出会った人たちの歴史・積み重ね と そこから変わる自分の心の持ち方・考え方で出来上がっているのではないかと思う。

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