2019. 11. 01
働き方改革について
今更、感覚が古いし話題として遅いと言われそうですが、いよいよ本格的に医療の世界にも働き方改革の波が押し寄せてきています。日本脳神経外科学会でも医療問題検討委員会というところで、本件について色々話し合っています。カンファランスをどうするか?当直後の休みを実施するか?研修医をどのように扱うか?
我が国では労働基準法に基づき労働者は原則として1日8時間、週40時間以上働いてはいけない。週1日は休日とすることが義務付けられています。それを超えて労働させる場合は36(サブロク)協定を労働者代表と使用者が結ばないといけないことになっています。その場合の超過勤務時間も月45時間、年間360時間以内と決められています。とても医師にこの制限は困難であり、医療者はこれまでも明らかな労働基準法違反をしていることになります。医師には応召義務が医師法で課されており、新たな医療の進歩を自分の技能や知識とすること、地方の医療や夜間の救急をカバーすることなど特殊な事情があるために、これまで、医療業界に本格的に働き方の指針が定められることはありませんでした。しかし本年4月に働き方改革法案が施行され、5年後(2024年)から医師にも時間外労働者上限規制が適応されます。本規制では、本業務の後、9時間以上休養(6時間以上の睡眠)。当直明けは18時間以上休養(取れない場合は、なるべく早い時期(遅くとも次の月の月末まで)に代償休息を取らせる)、連続勤務時間は28時間を上限とするなどの枠が決まっており(24時間プラス引き継ぎ4時間)、特定の技能を向上することを目的する医療機関(研修施設などのあらかじめ決められた医療機関)や地域医療を確保するために必要な医療機関においては月100時間以上の超過勤務は不可能(本来は45時間−80時間、休日勤務を含む)(年間1860時間)。という仕組みを厚生労働省は押し通そうとしています。カンファランスなども、自由参加(自己研鑽)ということを提唱していないと、超過勤務時間の枠に入ってしまいます。ここでは上司から明示・黙示された指示があったということになると、全ての読書や研鑽は労働時間という定義となります。うかうかと教授としての指導や勉強や症例のまとめの示唆もしてはいけないということになります!
大学病院や救急病院はこれを超過する人がいる率が80%以上あるということで、かなり目をつけられており、自ら改善しないと大上段から大ナタを振るわれるということになるかもしれません。一般勤務病院では年間の超過勤務は960時間・月100時間までと決められ、2024年にはこれを守らない病院や指導者にはかなり厳しい罰則が課せられる可能性があります。2035年以降はさらに厳しい基準で時間制限をつけられてくるという方向性です。都会の病院にシーリングを作って、地方に医師を回すような現在の専門医医療制度もこの施策の一画なのではないかと思います。また地域の病院の機能統合や縮統合の対象となる医療施設が先日厚労省から発表となっていますが、これもその一環です。
このように上部機関では、地域医療や訓練機関という条件などを考慮しつつシステムをつくってきていますが、どうしても前記の脳神経外科の委員会(私も含めて)でも医療の世界では、、、とか、トレーニングのためには、とか、命を預かる仕事のためには、などという大前提の目的があるため、さらに人手不足もある中でなかなか断固とした意見がまとめられていないというのが事実です。
皆さんも日頃の自分の生活を見ていて、そのような時間で仕事が終わるのか?自分の患者を継続してみないでは、責任が持てない などと感じられていると思います。
その一方で看護師さんや他の医療従事者にタスク・シフトティングと称して、医師の業務を代行させるという試みも少しずつ考えられています。確かに事務による書類業務の代行入力は大変助かっており、私どもが若い頃とは雲泥の差があるように思います。でもそちらの業種も看護師さんも超過勤務をものすごくしていますし、事務も遅くまで働いている病院もあります。
一方で病院や執行部からは、働き方改革は進めよ、でも業績は右肩上がりで症例を増やし、収益をあげ、かつ世にアピールする先端的な医療を進めて、研究業績をあげ、かつ教育もしっかり、、、などということが進められております。
どういうこと?
と誰もが思うことではないかと思います。
日本では、医療が伝統的に非常に安く簡単にアクセスできるものとしての視点が出来上がっており、医療費が欧米の数分の1(10分の1)に抑えられている現状では、十分な人員を配置することもできず難しいのは自明の理です。
そんなこんな、解決できない悩みを抱えながら、先日早朝にラジオを聞いていると、NHKのマイBIZという番組で中村朱美さんという人がインタビューを受けていました。「百食屋」というレストランを京都で開いている人で、一日100食しかランチを提供しないそうです。かなり美味しそうなステーキ丼とハンバーグのお店です。千円ちょっとだそうで、次回京都に行ったら必ず整理券もらって食べてこようと思います。営業時間は3時間、必ず完売するのでFood loss ゼロ、従業員はどんなに遅くても5時には終了できるそうです。このお店フランチャイズで4店舗に拡大していて年商1億円を突破し、かつ従業員が満足する給与を払えているということです。従業員も特にアイデアの豊富な人とか、才能に溢れた人ばかりではなく、むしろ仕事が遅くて、どこにも行き場所のないような人でもしっかり働ける仕組みを作ることを目標にしているそうです。会社の価値は収益にもあるが、「従業員の満足度」も大事という言葉が耳に残りました。FOOD LOSSゼロ、広告費ゼロのため、通常は材料費と人件費が食品業界では50%行けば良いくらいだそうですが、80%を達成しているそうで、会社へは売り上げの20%は残るそうです。
このような考えを様々な会社、運営に役立ててほしいという活動をする会社もしているそうです。
このシステムを医療に応用するのは単純にはむずかしそうですが、少し工夫があるかもしれません。
外来は私など2時間まちが当たり前になっていますが、1時間に4名までしかみないと決めて枠をはみ出さなければ、私も患者さんも満足するかもしれません。その分各患者さんの診させていただく間隔を3ヶ月や半年ではなく1年ごとにしたりして間引く必要があるかもしれません。その上で、一人一人の話をしっかり聞いて時間をとって診療する。
来るもの拒まずでやっている救急も少し制限をするか、交代制をしっかり作るなどの方法があるかもしれません。
また無駄を省き、コストを下げることも重要でしょう。手術の道具や治療材料も、今はSUD・ ディスポが大流行りですが、脳はCJD関連で難しいのかもしれませんが、できる限り複数回使えるもの、安いものを使い・作る必要があるかもしれません。捨てるものをできるだけ減らすということです。
手術数も決められた数に制限するとかでも良いかもしれません(防衛大学みたいになるのは困りますが)。勿体無い精神で、なんとか色々な無駄や贅沢を省きましょう。
実は我々が患者のため、仕方なく追加で外来や手術を入れるとかいう努力は、患者さんのためにも、自分たちのためになっていないのかもしれません。
今回の時間配分なども全て米国のACGMEの制限(研修医の週労働時間80時間=年間超過勤務1920時間)からとっていますし、継続勤務時間も同様です。
米国は病院が集約しており、患者が地域の一病院に集中しますので、医療資源・医療スタッフも集約させやすい、一方で患者さんの診療意識も、重病でなければ家庭医を受診するという仕組みが根付いています。風邪や小さなけがで大病院を受診する人はほぼいません。またではそれが医療の優れたシステムかというと、日本の医療実績の方が、健康寿命を見てもその違いは明らかです。
米国流の働き方やシステムを導入しても日本ではどうにもならないのもわかっています。
ではどうすれば良いのか?
以下、個人的見解です:
- まずは、、、、教授がやれと言わないでも、自分で学ぶ意識を持って欲しい (明示・黙示は指示になるらしいので)
- 無駄なダラダラした時間を作らない (空いている時間でネットサーフィンするよりは、勉強する?!)
- 仕事・休暇のメリハリをつける
- 手術や仕事は早くできるように効率化する。修練する。
- 医師や看護師・薬剤師・技師・事務職員などの同僚との信頼関係をしっかり築いてチーム医療を充実する(相互に頼れるようにする)
- 患者さんとも信頼関係を築き、自分のいない時も信頼できる同僚によってしっかりと継続してケアされていることをわかってもらう。
- しっかりとしたシステマティックで漏れのない引き継ぎをする。
追加生活習慣の鉄則
- 休暇では自己研鑽を怠らず、医学に限らない見識を深める
- 早寝・早起き・運動を欠かさない。
- 暴飲・暴食をしない。
くらいでしょうか?上記は決して指示ではありません!
以下の文章が出ているので、ぜひ一度しっかりと目を通しておいてください。
Key wordとして下記のようなものがあります。それぞれの言葉の意味を知ることや考え方を持つことで、自ずと現在働き方についてどのような議論がなされているのかがわかるはずです。
- 36協定
- 応召義務と診療拒否
- ワーク・ライフ・バランス
- サステイナブルな医療体制
- 研鑽
- 当直と宿日直
- タスク・シフティング
- 上手な医療のかかり方
我々に関係ありそうなポンチ絵を抜き出しておきました。それぞれの持つ意味を理解しておいてください。