学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

中国の血管障害手術事情

昨年2月に中国・香港の脳神経外科事情について紹介したが、今回改めて華山病院で密な血管障害のミーティングに参加する機会があったので、中国の脳血管障害の手術治療について紹介したい。

2019年7月末に名古屋大学の若林教授と上海華山病院・毛教授の企画で一日の血管障害ミーティングが企画された。日本からは私の他に埼玉医大栗田先生と福井の菊田先生が参加した。どういった企画かというと、3つのセクションに分け、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、モヤモヤ病・バイパス術について、中国、日本の演者がまずは一人ずつがレクチャー(20分〜)、その他の二人づつが症例レポート(10分〜)をするという形式で進んだ。午前中病院の見学から始まり、10時ごろから17時まで、2時間ごとのセクションの長丁場であった。ちなみに私の担当はモヤモヤ病・バイパスの講義で、思っていた脳動脈瘤とは異なり、やや戸惑ったが、資料を村井先生と亦野先生から提供してもらい、無事終了できた。資料をいただいた村井先生、亦野先生ありがとうございました。その他の私のノルマは脳動脈瘤の症例報告と脳動静脈奇形の症例報告であった。脳動脈瘤の講義は日本からは菊田先生、脳動静脈奇形は栗田先生が担当された。当然どちらの先生の発表もすごく充実しており、素晴らしいものであった。

さて華山病院西医療センターであるが、上海市内にある華山病院本院から離れて、去年10月に開院した上海虹橋空港の近くに作られた計画では600床、現在は450床程度の脳神経外科専門施設である。手術室は約40あり、ICU-High careは100床である。年間約20,000件の脳神経外科手術をしている。本院も脳外科病床が100床あり血管障害の手術もしており、年間数千件の手術をしているそうである。手術室は2部屋で使える術中MRI、術中CT, Hybrid血管撮影装置などを備えており、広々としている。その日の手術予定は45件ほどで、画面のスクロールが延々と続いている。興味深いの支払いシステムで、保険などの情報は全てIT化されており、手術室の出口にapple payのような機械が置いてあり、自分の病院IDをかざすと手術費用が算出されてその場で支払うという仕組みらしい。手術室の出口には、世界共通でたくさん(本当に)の家族が心配そうな顔で中を覗き込んでいた。私どもが出てきたら睨まれた状況である。各病棟にも同じような機械があり退院時その場で支払うらしい。多分全てを一括に支払うシステムにすると、支払わなかったり、人手で事務作業をするとまに合わなかったりするのであろう。日本人では中国支払い手段がないと入院できそうもない。また日本の会計システムでやっていたら多分数百人の行例ができそうである。もともとの華山病院の脳神経外科は1965年に創立され1994年には年間2,500例の手術件数、2000年には6,000例、2004年には10,000例を達成し、現在は24,000例くらいの手術をしているそうである。

今回中国からの発表では、Bin Xu(徐)教授がモヤモヤ病のバイパス, Zhu(朱)教授が脳動脈瘤の手術の講義をされた。

Bin Xu先生は、年間3~4,000件のバイパス術をされており、我々のカンファランス当時も6件のバイパス術を行う予定だとのことである。発表も充実しており、虚血発症のモヤモヤ症例3400例、出血発症2500例の経験を話してくれた。アナスト1本約6分所用とのことである。開頭は決まったものではなく、それぞれの症例の血管撮影と状況を見て、特に硬膜動脈のあるところは開頭しないで分離された開頭をおくようにしているという。Tailoredモヤモヤ手術である。遮断クリップの置き方、枝を一緒にクリップして血管を浮かせる方法などを示されていた。日本人は皆器用だと思っているだろうが、当然中国のあの芸術や微細な工芸品を見てもわかるように中国人は同じ東洋人であり、極めて器用である。それに加えて症例数の蓄積があり、かつ経験の積み重ねによる自分の中、施設としての病態に対する理解が深まっている。さらに様々な血液、病変血管、診療情報の蓄積を国家をあげて進めており、病院として多額の予算も獲得している。病院の医師部門には大掛かりな凍結保存装置が設置してあった。

さた朱先生の発表については、実は私はあまりこの先生の実績を理解していなかったのだが、この先生は年間500-600例の動脈瘤手術をしており、それもかなり複雑な治療をしている。PICA起始部の破裂脳動脈瘤を切り取って、その末梢部を椎骨動脈に孔を開けて縫い付けていた。この手法は現在BarlowのM Lawton先生が症例報告をしているらしいが、すでにこの方法を7例に実施しているということである。OA-PICAの方が安全だとは思うが、実績は実績である。他のチョイスがないときには可能な手技ということになる。ただ血管の厚さが椎骨動脈とPICAではかなり異なり、吻合部の破裂が怖そうであった。さらに副神経のささらの間での手術であり、術後の嚥下障害が気になる。

脳動静脈奇形の発表はなかなかcontroversial ではあるが、日本の橋本先生に始まる血豆血管の掘り起こし手術を栗田先生が見せていたが、かなり注目を浴びていた。

中国ではこのような数の治療をしているが、それでも中国の患者をあまねく治療するには間に合わず、外来もものすごい待ち(1ヶ月とか)であり、手術も間に合わないという。だから無理をしてもで1日に6件ものバイパスをしなければならない。日本に中国人の患者さんたちがやってくるのもうなづける。

私はバイパスについては当院での方針や、Hyperperfusionの予知・予防の仕方、当院での教育・評価(5min選手権での結果とそれによる個人の技術動向)、新しい技術(Robotをつくめて)の発表をさせてもらった。

中国では医療経済事情により米国産の脳動脈瘤のコイル塞栓やステント留置はあまり行われていない。でも中国の発展のスピードは目まぐるしく、そのうち中国製のコイルやステントが開発され、瞬く間に広がるのではないかと思う。

さてこの圧倒的症例数・経験数の違い、研究基盤の差を見て、自分たちをどうするかということである。丁度最近ニュースでも流れていた中国のアフリカへの莫大な資金・人的な一帯一路支援に対して、日本も遅ればせながら資金援助を始め、「量より質」を強調しようという議論とも似ている。

本当に中国の支援には質はないか?考えさせられる。

日本は資金援助だけで、地元に根付く援助はない。エジプトでは大カイロ博物館をギザのピラミッドの隣に日本の建設業者と日本の支援で作っているが、多分作り終わったら引き渡して日本人は引き上げる。一方で中国の支援(?支配)は数万人という中国人がアフリカ各国に移住して、アフリカに街や文化を作っている。私の米国留学時代も同様な経験で、中国人は地域でsocietyを作っておりその中からの中国人のエリートを米国で作っていた。日本人は個人の努力で活躍している人もいらっしゃるが、組織・国の支援システムがあり、はるかに多くの中国人のエリートが米国・世界をリードする日は間近である。

何をしなければいけないか、先日も書いたが、

  1. 「日本は日本」とたかをくくらない
  2. すでに負けているという自覚・認識を持って、なんとかそれを克服する気概をもつ
  3. 日本でも積極的に国際患者を引き受ける
  4. 今の日本で何ができるかを徹底して追求する
  5. 今後の日本の医療をどう変えられるかを、しきたりにとらわれずに追求する

などであろうか?

というわけでBin Xu教授には来年当教室で担当しているCNTT2020に来ていただき講演をお願いしている。もう一名の同学会での海外からの招聘者は以前innovativeな手術で紹介したイスタンブールのUgur Ture教授である。教室の先生方にもぜひこの2名の先生の講演を聞きにきていただきたい。

さて今回はこの上海でのカンファランスの後、ウルムチに向かい(上海からなんと空路5時間、ちなみ上海は日本から3時間)そちらで中日友好脳神経外科連盟の会議があり出席してきた。寺本先生が日本側の代表をされており、到着直後に素晴らしいご挨拶をされていた。学会の内容はまた中国の症例数の多さに圧倒されて、感情が湧かないというのも事実であった。

学会の最中にはウルムチからトルファンという砂漠の真ん中のオアシスの街にツアーがあった。8/3日の気温は50℃であった。孫悟空の物語で芭蕉扇で火を消して進んだという火焔山がある地域である。ぶどうの産地で、そちらで作られたワインや干しぶどうは素晴らしい味であった。フルーツはその他桃やスイカ、メロンなど豊富でとても甘い。日本のフルーツも美味しいが、こちらはより素朴でかつ甘い味がした。オアシスの地下水路のシスム(カレーズ)やシルクロードの交易地の遺跡である交河故城などを見物した。実はその中で最も驚いたのは前慶応大学の河瀬教授夫妻の闊達さである。あの暑さの中、若者でも悲鳴をあげるのに、最先端を歩いて進んでいた。また今回の学会の後も、さらに奥地のカシュガルまで行かれるということであった。

食事は上記のフルーツの他に特に羊が非常に美味しい。日本の土壌は酸性で、トルファン近郊はアルカリ性土壌なので、臭みがトルファンの羊はないそうである。確かに美味しい羊肉の串焼きはスパイスも効いていてとても美味しかった!パキスタンから海産物が直行列車で届くようになったといい、よく食卓にもヒラメの中国揚げ煮みたいなのも出たが、あまり食が進まなかった。

ちなみにウルムチはアジア大陸のど真ん中。上海や北京からも数時間の飛行機距離であるが、中国は国中が同じ時刻と決められており、日が8時頃遅く登り、日没は夜の10時ごろであった。この地域(新疆ウイグル自治区)の人々の人種はウイグル人とモンゴル系が中心で、漢民族は彼らの動向に非常に注意を払っている。ウルムチからトルファンに行く道すがら、なんどもバスは検問に合い、乗車している人全て写真を撮られパスポートと照合される。広く広大な土地と様々な人種が入り混じる中国の複雑さを見た気がする。

トイレ事情については、筆舌に尽くしがたいので今回は避けるが、中国では病院のカンファランス会場のトイレでさえ備え付けのトイレットペーパーはない(置いておくと全て持っていかれるのか?)。必ず大量のちり紙を持ってトイレに行くことをお勧めする。

今回は中国通信第二報でした。

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