学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

Prof. M Gazi Yasagil先生とYoda

実際に近く接してみるとほぼStar Warsのヨーダである。外見もやや似てはいるが中身がフォースを備えた思慮深い師に思える。

2016年4月トルコ脳神経外科学会で始めて先生の講演を直に聴かせていただいた時の感動については本年5月の医局通信で書かせていただいた。その際に一度日本にきていただけないか?そして日本の若手の先生の話をしてくださらないかとお願いした。

91歳とご高齢であること、また時差に非常に弱いことなどお話になっていたが、今回日本にきていただくことが実現した。

今回は時差を考慮して数日前に日本にこられゆっくりされてから講演に望みたいということで4日前に来日いただいた。来日後「一度我々オーガナイザーと共にお食事を」と想いお誘いしたが、先生は会食はあまりお好きではなく、お酒も飲まれないとのことであった。お寿司とか天ぷらとか候補を挙げたところ、彼は「スイスの山奥(?チューリッヒはそうでもないとは思うが)に住んでいたのでそんなシーフードは食べたことがないし、身体が受け付けない」「わしはフードファンじゃなくてパンとチーズだけあれば良いんだ」とおしゃっておりました。(料理好き、B級グルメ好きの私にはとても恥ずかしい想いをした。)「でも脳外科のことを話したいなら部屋へきてくれ。いくらでも時間を持つぞ」とおしゃってくださったので図々しくも講演前日の2016年11月2日中込先生、中冨准教授、私の3人で一生忘れることのできない約3時間に及ぶ面談の機会をいただいた。

Yasargil先生のお話:

1: 脳神経外科について(含む11/3の講演について)

「M: 先生の脳神経外科の手術に対する心構えをお教えください」という質問に対して、

Y: まずこの前日本に来たのは30年くらい前だと思うけど、その頃は日本には700人の脳外科医くらいしかいなかった。今は7000人以上の脳神経外科医がいるそうだけれど、今の方がよいことができているかというと、そうは言えないんだよ。1)解剖を徹底的に勉強しないと、いけない。その機会があたえられているんだろうか?学問・知識と実習で骨、硬膜やくも膜、脳・脊髄、血管、神経、髄液、脳室について外科的な知識と技術をつけなければいけないんだ。脳槽を通れば脳のどの領域にもどこにでも行ける。ただいろいろくっついていて脳槽を通らないほうが良いときもある。脳槽の解剖をしっかり学ぶ必要があるんだ。このような解剖と手術の重要性はMicroneurosurgery全6巻に書いてある。今、私はIstanbulのTure先生の所にいるんだが、彼と共に解剖の本を書いているんだ。(これからの説明中、手で脳や血管の位置、関係、操作のあり方など、手ぶり身振りで説明して下さるのが特徴的であった。直感、そこにある感覚として脳を魅せてくれる) 2)良くGliomaは全摘できない、腫れているところにも腫瘍が浸潤していると言われる。多くは腫瘍はある一定の範囲にとどまる。周囲は刺激されているんだよ。旧皮質から新皮質には腫瘍は波及しにくい。脳には発生時期によって全く異なる構造の領域があって、それぞれ別の免疫、防御システムをもっている。したがって新皮質の腫瘍は新皮質にとどまることが多い。脳には腫瘍が発生しにくい場所もある。コンパートメントごとの腫瘍の発生・成長のしかたを理解しないといけない。どこから発生して、どこに及んでいるのかをしっかりと把握しないといけない。また脳や脊髄は部位によって手術侵襲に強いところ弱いところがある。それを理解して手術にあたらないといけない。(脳や血管の発生をとことん理解してその部位の特性、病態との関わりを理解することの重要性をじっくりと説かれていた) 3)もっとも大切なのは手術中の水分バランスなんだ。お前達は手術中にどれくらいの水分を与える?(M: 60-80ml/hrでしょうか?)それが違う。数mlでいいんだ。水分をやりたくないくらいだ。できるだけ水分を抑え最大でも20mlくらいにしたらよい。そうすれば脳はSlackになるし手術もしやすくなる。(M: それでは血圧や尿量の維持に支障がでるのでは?)だから麻酔科医の協力が必要なんだ。お前達は手術中にそんなにがぶがぶ水をのんでいるのか?朝ちょっと水をのむくらいだろう。人間はそんなに水を必要としていなんだ。麻酔科とのチーム作りが必要で自分もZurichで苦労したんだ。

2.手術中の合併症について。

「M:もし術中に思わぬことが起こったり、予定通り手術が進まなかったりしたらどうされるのでしょうか?」

Y: まずはPatienceを失わないこと。

じっと1分くらい状況を見極める。すこしずつ物事がおちついてくることもあるし、出来事の方向性をみることができる。落ち着いて対処することが重要だ。起こることの50%はなぜかわからない。

私の一例を示すと、私がZurich大学の教授に就任した頃、すごく宣伝されて多くの患者があつまったんだ。ある要人の子息が骨に小さな骨腫でやってきた。小さい腫瘤で特に摘出する必要もないんだけど、取って欲しいと頼まれたんだ。私の助手にさせるからと言ったら私にしてくれといわれた。じゃあ局所麻酔でちょっと削るだけといったら、全身麻酔でしてくれと要求されたのだ。10分たらずの手術だったよ。そうしたらどうだ患者は醒めないんだ。家族がたくさん集まっててんやわんやの騒ぎになったよ。最後に小さなおばあさんがやってきて、家族に「うちの家系は家族に麻酔に異常反応をきたす人がいたのをいわなかったのかい?」と家族にいったんだ。人生なにが起こるかわからない。

合併症の大半は理由がわからないものだ。

常に自分の最善を尽くすしかないんだよ。

その他機器の開発のことについてもお尋ねした。

特にクリップについては下記のようである。1970年代最初に米国の大手医療器機メーカーのC社にもっていったんだ。それが器機開発の担当者が私の名前をみて「やーしゃじるっ?」て名前をきかれて、どこのどいつだ?って対応でてんで相手にしてくれなかったんだ。そこでこの話しはドイツのA社にもっていったんだ。A社は得をしたと思うよ。本当に真摯に私の要望を聴いて対応してくれたよ。その後私は有名になったので、いくつかの器械についてC社からも意見の問い合わせがたくさんあったんだけどね。

名前や人種で人を差別する会社があるんだよ。という含みであった。決して口にはされなかったが:M)

以上の彼のコンセプトを良く示すものとして、私が愛読書としている1996年に発刊されたYasagil’s Microsurgery Volume IV B のp77に下記のようなセクションがある。

“The Art of Surgery”

The art of surgery is based upon a number of factors, such as basic knowledge, experience, judgment, and manual dexterity, as well as the qualities of courage, decisiveness, patience, and endurance of surgeons.

Surgical skill relies on the integration and combination of an array of abilities, method, and mental attitude in order to promote proficiency and a high standard of surgical performance (Table 1). “

とある。

特に

qualities of courage, decisiveness, patience, and endurance of surgeons

の部分。日頃よく感じていることであるが、Microの技術とか知識については良く語られているが、以上の4語を言葉にした人をこれまでみたことはなかった。自分の背中に冷や汗をかきながら、自分の判断で手術を進めることの重要さと難しさを端的に表現している。20年以上前に発刊された本であるが、私にとっては1996年2月にMayoのライブラリー内本屋で見つけた大切な座右の書だ。皆さんも是非購入して読んでほしい。今発刊されているどんな脳腫瘍手術の本よりもUpdateであり優れた本である。

以上の話の間中、Yasargil先生は本当に目を輝かせて、自分の考えや想いを必死で伝えたいという気持ちであることを感じた。形や関係をしめす。脳への手のありかた、機器のあり方、解剖の状況(脳回のくっつきぐあいとか)、手の重要性を手振りや全身を動かして表現してくださった。

翌日(2016年11月3日)の3時間に及ぶYasargil先生の講義については近々一部または全編をビデオで紹介できるので省くが以上に紹介した内容が存分に語られている。ぜひ閲覧して欲しい。

先生のこの脳神経外科における熱意と頑張りの背景には、トルコ出身(でヨーロッパでがむしゃらに頑張り、人種の壁をものともせず戦ってきた炎のような情熱と人に対する愛情があるかと思った。C社の担当者のように蔑む人もいたのかもしれない。自分の才能のなさの弁解に人種差別を理由として米国から退去してしまった自分などとは比べ物にならない強さ、計り知れない苦しみと努力が、先生の今の才能と知識と技術をArtとして構築したのだろうと思う。

先生と一緒すると本当に脳の緻密さ、崇高さ、それに対する我々の態度や修練のあるべき姿を植え付けられるように思う。

ちょっと下世話であるが、本当にStar WarsでLuke SkywalkerがYodaに教育を受けたような感じである。先生は美食をせず、酒も、コーラも一切口にせず、タバコもすわない。趣味は脳神経外科である。そのような仙人のような印象と鋭い眼光、ちょっといじめっ子のようなJokeを交えるところ。本当にお茶目なそして神のような脳外科の伝道師であると感じた。

(本編は脳神経外科速報への投稿文から一部改変した)

The Art of Surgery

  1. Accumulated knowledge from neuroscientific data and experience
  2. Three-dimensional mental conceptualization of the lesion, acquired form neuroimaging of the tumor and peritumoral structures
  3. Mental conceptualization of the surgical concept with various alternatives: its extrapolation and targeting
  4. Surgical procedure:
  • Appropriate approaches and exploration along cisternal pathways, anatomic borderlines, and tissue interferences. (“Delivering” the tumor via its “birth canal”)
  • Minimal or, if possible, no retraction
  • Tactic of unobstructed CSF outflow (cisternal, even ventricular and lumbar CSF release)
  • Atraumatic micromanipulation within the narrow surgical gap
  • Preservation of normal surrounding structures and function
  • Each tumor type and anatomic location requires and individual, special removal technique
  • Reduction of the tumor mass, by using a “one window tactic” and the deflating technique, “big ball to small ball”
  • Tumor manipulation “capsule handle”
  • Precise margin dissection
  • Devascularization and preservation of hemodynamics
  • Elimination of feeding arteries, while saving the transit arteries
  • Accurate hemostasis at every step of the exploration
  • Papaverin application to the arteries
  • Preservation of the venous system
  • Complete tumor removal
  • Reconstruction of inadvertently injured vessels and nerves
  • Watertight closure of the leptomeningeal layers
  • Replacement of bone flap

手振りを交えてバイポーラーや道具の長さについて語る先生

宴会中も脳回の構造について手振りを交えて語る先生とYoda どこか似ている。

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