学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

術後のケア

Mayoでのレジデント生活で最も辛かったのは朝が早い事であった。せいぜい10名くらいしかプライマリーの受け持ち患者はいないのだが(その約半分が前日の術後)、7時のスタッフ医師(指導医 いわゆる教授、准教授、講師クラスの医師)とのミーティング(患者のブリーフィング)に間にあわせるためには朝の4時〜4時半頃から自己回診を始めなければならない。でも患者さんも大変だろうなと思うと、それがそうではない。もともと狩猟民族は朝が早いのである。農耕民族は日が照らないと仕事にはならないが、狩猟や漁業は暗いうちから仕事を始めないと収穫がないのである。彼らにはそういった血が流れている。

血液のデータはオーダーしておくと3時頃VeniPunctureのスペシャリストが採血して出しておいてくれるのでほぼその時間までにはデータはそろっている(電子カルテではなく電話で迅速結果を聞くのでこれがまたハードではあったが)。その後患者さんの顔をみる。くも膜下出血や術後麻痺が残った患者以外(そのような患者はICUに入室している)は一般の個室または2床室病床にいるので、そこで患者に立ってもらい歩いてもらう。米国人の患者さんは非常に屈強で、どんな大きな手術をした翌日(大体手術から6〜8時間後)でも平気な顔をして立ち上がる。グリオーマ、AT、動脈瘤、腰が痛いはずの腰椎ヘルニアや固定術後の患者もである。米国の医師の持論は「歩いているのを診ないと本当の意味での神経診察とは言えない」である。確かに一理あり、医師の手で患者の足の力を測っても、それは本当の意味での低下を検知できることは少ない。

歩かせて可能なら片足建ちや閉眼歩行、などもさせていた。痛みはどうなのか?頭の痛みは外国人はそれほど感じないらしく(?)みな平気な顔をしている。「やはり狩猟民族は強い。頭になにか刺さっても逃げないといけないときには走るんだろう。」と感じたものである。さすがに腰椎や頸椎の手術ではいたそうで、意識は関係ないので、Morphine pumpを必ず処方しており、自分ですきにボタンを押して痛み止めをつかってもらうようにしていた。「痛みはこらえるよりも、前もって止める」が大事で、最高に痛みが強くなってからでは、薬をたくさんつかっても効かないものである。これは自分も頭痛もちでよくやる治療法である。

痛みを充分とってあげ、どんどん起こす。これが米国流の術後ケアの基本である。日本人はなかなかぐったりとベットに臥せっていることが多く。それを術後1日目から起こすのは大変でもあるが、日本人にもたぶん少しは狩猟民族の血が流れているはずである。

「果報は寝て待て」は農耕民族の格言であり、狩猟民族であれば 「早起きは三文の得」とでもいったほうがよいであろうか?

患者さんに歩いてもらってしっかりとした神経所見がとれたら、創部を診て、ガーゼははずす。創を露出してしまう。ドレーンがはいっていれば(はいっていたことは殆どないが)抜去する。それをずべてカルテ記載して一人がおわる。なので、2時間はゆうにかかるわけである。

創部の治癒力はやはり違う。以前米国人は血がでない といったことをお話したかと思う。日本人は血がさらさらしていて止まりにくい。これもやはり食事やこれまでの生き方によるものであろう。狩猟民族はちょっとやそっとの怪我であるけなくなってはこまるわけで、農耕民族はじっとしている姿勢がおおいので、血が固まりやすいと命にかかわったのだろう。だから欧米人はすぐエコノミー症候群や下肢静脈血栓になる。術後の死因の第一は肺塞栓であった。(いまはかなり予防がされていて頻度は落ちていると思う) 衝撃は友人がプライマリーでみていた聴神経腫瘍の若い女性の患者さんが、術後5日目かに退院する日になって、早朝 回診にいったら息をせず冷たくなっていたという話しであった。私自身も何名か術後に血栓症を発症した患者がいた。麻痺になっている患者がおおかったように記憶している。

創部の治癒力の話しであった。以前SFで特殊能力をもった主人公が創がついてもすぐになおる体質だったような映画があった。日本人から欧米人をみるとまるでそのようであるように思った。

以上のように生まれながらにして違いはある。

しかし、現代の日本人はどんどん生活様式も欧米化し、日本人でも静脈血栓症がとても多く発生している。

先日白質脳症のFazekas2くらいあるご高齢の患者さんの前交通動脈瘤の手術があった。術翌日から起こして立っていただいた。しっかりできて患者さんも、看護師も、我々もよろんこんだ。術後特に問題もなくかなり早い回復をされている。

術後早期の離床、一日目からの立位、歩行、をぜひ励行してほしい。そこは心を鬼にして患者さんの一刻も早い回復を期すのであれば。リハビリの力も非常に重要で、早期からリハビリを依頼し、医師、看護、リハビリで積極的な早い回復を目指す術後ケアをしてほしい。また同時にしっかりと神経学的所見をとる癖をつけることも重要であり、客観的数値、実際にその患者の状況がわかる医学的情報をカルテに記載してほしい。また別の一面として、人はデータだけではなく、患者さんとよく話しをして、どのようなことに困っているかをしっかりと聞き要望に答えられるように努力してほしい。

新しい病院に日医も生まれ変わります。術後のケアも新しい形に変えていきましょう。

日本医大本館 だいぶ出来上がってきました。

新幹線D席からの晩夏の富士(富士市にて 製紙工場の煙)

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