学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

受動的知識と能動的知識(情報)

受動的知識と能動的知識(情報)

森田明夫

皆さんは新聞を読まれますか?

私も時に時間のある時に新聞を読みます。医局で時間を過ごす時。飛行機にのった直後、自宅で時々。

私は以前から料理とか食べるのが好きで、株などにも興味があるので、結局はテレビ欄をのぞくすべてのページをざっと読むことになります。

するとあの毎日すられる紙媒体に驚くほどたくさんの情報が記載されていることに気がつきます。多分毎日新聞をしっかり読む人はすごく物知りになるのではないかと思います。ただ興味がないと読飛ばしてしまい知識として残らないかもしれません。

以前論文のpdfより図書館の本棚から雑誌の合冊した本をだしてきてコピーするほうが重いという話を書いたかと思う。その際、本に一緒に掲載されている同時期の論文もコピーして読むことになる。それも受動的に与えられる情報、知識と言うことができる。

今はなにせネットばやりで、時間があればネットサーチし、ググるという言葉さえ生まれている。これは能動的情報であろうか?

実はトップ画面に何もでてこないGoogleのトップページ(だけ、検索後は違う)をのぞけば、Yahooなどに掲載されている記事は皆がたくさん見ている記事であり、中には実はスポンサーがついていて意図的に上の方に、皆が見るように配置されているものもある。ネットキュレーターという職業もあり、表に出したい情報を上手く魅力的に皆がみたいように表示する技をもつ職業もあるという。Googleでも何かを引けば、それと同時に宣伝のページが隣にでてくるし、果ては自分が能動的に検索した項目に類似した情報がいつも掲示されてくるようになる。最近は家族と話をすると皆同じ情報をもとにYahooに載ってたね。。と顔を併せて笑って終わり。ということもよく起こる。

したがってネットで見ている記事もまず80%は受動的知識なのである。

現在の情報は極めて安価となり、たやすく手に入るようになった。でもそれが20年前に手作業で調べた情報とどう違うかということが問題である。

では論文の質は今の論文は過去の論文が引けなかった様々な情報まで含んでいるかというと、論文の数は増えても、論文の質は1つずつにしてみたら悪くなっていることはあっても決して良くはなっていない。世界を変える発見や科学の進歩が現在の情報量の増大分はないのと同じである。

人間が許容できる情報量と受け取り理解し自分の中に内包するスピードは限界があり、多分原始の時代からそれほどは変わっていない。

弥生時代の人を今の時代につれてきても我々と同じように学ぶだろう。

人にとってどのように知識・情報を得て自分や社会のために用いるかは、如何にその情報に能動的になれるかによっていると思う。受動的にたくさんの情報を得ながらも、その中から知識と力をつける情報を得ること。決してネットサーフィンを否定しているわけではなく、自分はどちらかというとそちら側の人間であると思う。しかし、ネットキュレーターなどにそれほど頼らず、多くの情報のなかから如何に自分のためになる情報をピックアップし生かすかとい技術と心構えをつけることが重要なのだと思う。学会も同じ。興味のあるところしっかり聴くのもよい。ただ一般常識、他の領域での進歩も含め、プレナリーがあり、また他の領域の学会にでて見聞を深めるのは有意義なことである。

皆さん上手く情報を活用しましょう。

書物を読むのは 能動60%

学会 能動50%

新聞 能動40%

ラジオ 能動30%

ネット 能動20%

テレビ 能動3%(チャンネル選びのみ)

位が 能動率の目安と思う。その中からぜひ役に立つ情報を得てください。

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