学校法人日本医科大学
日本医科大学 脳神経外科学教室 Nippon Medical School Department of Neurological Surgery
前部長のつぶやき

道具について②

道具について②                  森田明夫

前号で開頭までの道具について述べたので、続きを書いてみたいと思います。

さて道具を使う時に重要なことがあります。それは姿勢です。どんな道具も変な姿勢、無理な角度からの使用ではその道具の役割の半分も果たせません。道具を最大限活用(道具の先に十分なコントロールを込める)するには、使う時の頭、身体、腰のいれかた(マイクロでは座り方)などが重要なのです。姿勢をただすことで手術がすごくスムーズにできるようになる可能性があります。自分の首をへんな角度に曲げたり、身体をひねったり、中途半端な腰の引けた態度では手術はうまくいきません。むかし私が研修医1年目のころ、当時東大の病棟医長であった落合慈之先生(前NTT関東病院院長)から、「大木を抱えるように手術患者に向き合え。」と言われました。その頃の私は慢性硬膜下血腫の手術しかしていなかったのですが、Burr holeをあけているとき腰が引けていました。腰を前に入れることでぐっと手術が上達したように思いましたし、また気持ちも患者さんを抱えるという気持ちになったものです。今でも手術の時はいつもその時のことを思い出します。

変な姿勢でないと手術が出来ないのであれば、患者のベッドや体位(途中で変更は難しいので術前からよく考えて決める)自分の立つ位置を工夫すれば少しは改善できるでしょう。

手術が終った時に身体のどこかが痛いのは悪い姿勢だった証拠です。

さて続いてマイクロの道具ですが、これはマイクロの下に道具をすっといれる訓練から始めねばなりません。何度もマイクロ(卓上でもよい)の前に座って目でマイクロの接眼レンズの位置と顕微鏡下の光の位置を把握し、100回に90回はすぐ光の下に道具を持って来れるようにすることです。これはhand-eye coordinationの訓練であり、練習によっていくらでも上手くなります。最近流行の内視鏡下の道具の出し入れはもう少しコツと練習が必要です。

その上で、鋏、吸引、鑷子、剥離子をつかえるようになることです。最も重要と私が思っているのは右手で使う道具ではなく、左手で用いる吸引管です。右利き術者の左手の動きは、術野をつくり、周囲をきれいにし、切離、剥離面をつくるなど極めて重要な役割をします。確実にそしてスピーディかつ優しく吸引(左手の道具)を動かせるようになることが手術上達の鍵であると思っています。

マイクロ手術の道具でどの道具を最も使うかは術者のくせによってかなり異なります。鋏を多用する術者、私はむしろ鑷子のほうが多いとおもいますが、手術のパターンや対象でかなり道具の使い方は異なります。ただその中で重要なのは緩急です。なんでも素早く動かすのが格好がいいと思っているのは大間違いで、鋏や鑷子、剥離においても、急激な動きは脳や周囲の構造に無理がかかります。脳や脊髄の手術では相手に気付かれない(要は脳や脊髄に侵襲を加えない)動作が必要になります。従って神経組織や血管、その他の構造の近くに道具をもっていった場合にはすっとスピードを緩め道具が主張しないようにすることです。私は能には詳しく有りませんがちょうど能の名優(役者というべきでしょうか)が音も立てずに歩くような感じを想像するとよいでしょう。

良性腫瘍や脳動脈瘤はかなりの時間をかけて成長していますので、その時間をさかのぼって元に戻すという手術をすれば良い訳です。ですので、聴神経腫瘍の蝸牛神経の剥離は10年かけて剥がせばよいわけです。という訳にはいかないですが、いかにゆっくりかつ優しく道具を動かすべきかがわかるかと思います。

左手について記しましたが、人間は片方の手に重い物をもってもう一方で極めて繊細な動きをすることはできません。従って両方の手とも繊細な動きができるように手術の場をつくっていくことが大事です。そのために脳ベラなどもありますが、重力を用いて脳を下垂させたり、腫瘍であれば充分な減圧をして小さな腫瘍にして繊細な神経から剥離するなどのことです。

またShowyな動作はやめましょう。鋏をすぱすぱと切った後に流すように動かす人。いつかその流れで他の物を切ります。CUSAを振り回す人。CUSAは旗ではないし、所詮人間の手の振動ではCUSAの振動に加えるものはありません。CUSAは剥離子のように、一定のスピードで、使う物です。

その他諸々の道具がありますが、それぞれに作った人の意図があり、適した使い方があります。たかが剥離子1本、吸引1本と思わず、一度一つ一つをじっくり眺め、誰がどのような意図でつくったのかを考えて下さい。そのなかで、自分ならこうしたいと改良を考えられるようになると良いでしょう。アイデアはためておくことです。いつか先生の名前を冠した道具ができるかもしれません。

練習とアイデアを大切に。

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